内部統制報告制度の費用・便益分析

1. はじめに

 某大学のゼミで「内部統制報告制度の導入の可否」について討論してたのを見たことがあるんですが、この問題って意外と難しいんです(もちろん口は挟みませんでしたが...)。本記事では、なんでその問題が難しいかについて書いています。

 内部統制報告制度のような社会制度による介入を適切に評価するのがプログラム評価です。プログラム評価とは、社会的な介入プログラムの効果をシステマティックに調査するための社会的研究法の利用と定義できます。

 プログラム評価では、ある内部統制報告制度のような規制機関(など)による介入の評価を行うが、その評価は「費用(介入した結果おこる悪いこと)」と「便益(介入した結果おこる良いこと)」を比較することで行います。これが費用・便益分析なわけです。

 以下では内部統制報告制度の費用・便益分析について説明しています。

2. 内部統制報告制度の費用・便益分析

 内部統制報告制度に関する費用・便益分析では、「投資家にとっての」費用・便益を比較する。費用・便益分析を行うに当たって考慮すべき要素を、下記の表「内部統制報告制度の費用・便益分析」で示している。

表 内部統制報告制度の費用・便益分析


<① 市場反応分析による純効果の分析>

 まず、(会計学者だったら)はじめに思いつくのは、株式市場の反応で評価する方法である。投資家の内部統制報告制度に対するコスト・ベネフィットの考慮が、株式価格や取引量に反映される。その結果を利用すれば、簡単にコスト・ベネフィットが理解できるというわけだ。事実多くの研究がこの方法によるプログラム評価を試みている。しかしながら、これらをレビューした論文(Coates and Srinivasan, 2014)は以下のように評価している。

「研究者たちは、費用と便益の両方を評価するための方法を利用しようと試みてきた。これらの研究は、SOX法の制定につながる立法プロセスにおける重大なイベントへの市場反応を実証し、及びこれらのイベント前後で市場の反応をテストした。」
「残念なことに、広範に異なる結果を生み出し、重要な不確実性な主観が依然として残るために、これらの研究はSOXの政策評価を解決する目的の点でそれほど有益ではないことが証明されている。」

...ウーン(´-ω-`) 

したがって、純効果を評価するのは難しい(これは先行研究がダメと言ってるのではなく、制度的な限界があるという意味!!)ので、便益と費用を検証するという話になる。


<② 便益の分析>

 介入による内部統制報告制度の導入による想定される内部統制の向上、会計(財務報告)の質の向上及び監査の質の向上がある。まず、内部統制の改善。内部統制に欠陥があった企業は、小規模で困窮しており、一定の傾向をもつCFO(会計の知識が少ない、監査委員会の独立性が弱い、内部統制のモニタリング技術が弱い、およびclawback条項がない)を雇用していた。しかし、内部統制の欠陥に関するモデルの説明力は低く、課題は多い(Defond and Zhang 2014)。

 結果として、内部統制の欠陥が報告された企業は、利益マネジメントからも明らかなように監査リスクが高く、保守的な会計の傾向があり、アクルーアルズの質の低下、経営者ガイダンスの精度の低下、高い報酬、多くの辞任など、を引き起こしている。Defond and Zhang (2014)は、内部統制の欠陥の報告に続く行動の変化を見出すことは、情報利用者が反応することを示しているが、因果関係を意味するものではないと指摘している。

 次に会計(財務報告)の質。多くの論文は、2002年以降の期間における米国企業の会計処理の質が改善されたという観察と一致する証拠を提供している。Cohen, Dey, and Lys (2008)*1は、発生主義の利益マネジメントが1987年から2002年まで着実に増加し、次いで大幅に減少したことを発見している。

 最後に監査品質。より直接的な監査品質尺度を用いた研究は少ない。DeFond and Lennox (2011)*2は、SOX法の後に小規模な監査事務所が公開会社の監査を辞めており、SOX法は、品質の低い監査人に辞めさせることによって監査品質を向上させたと結論付けている。(これについては諸説があるが、)SOX後の監査人は、監査人の独立性の向上と一致して倒産前にGC意見を発行する可能性が高い(Geiger et al. , 2005 *3)。Dyck, Morse, and Zingales (2010)*4は、SOX法後に監査人が公開企業における不正行為を検出し報告する役割を大幅に強化していることを発見している。

...(●´ ^`)ンー? 

内部統制の改善については、説明力が低い(統計的結論の妥当性が低い)うえに、因果推論していないわけか。さらに、会計の質と監査の質については、構成概念妥当性の問題が指摘されているので、「おそらく便益があることは確かだが、その大きさについてはよくわかっていない」といった感じだろうか。


<③ 費用の分析>

 内部統制報告制度の費用には、直接費用と間接費用の二つがある。直接費用には、内部統制の検証のために増加した費用、報告の際の費用及び監査報酬の増加があげられる。このようなコストはSOX法の結果として明らかに増加しているんですが、残る論点もある。SOX法はsection 404 (a)で内部統制報告を経営者に要請しており、section 404 (b)で監査人による内部統制報告監査を要請しているが、それらの直接費用についてレビュー論文は以下のように説明している。

「SECは、section 404 (a)について、提出者あたり$ 91,000のコストを見積もっている。」
「SOX法の直接費の見積もりは主にアンケートに基づいているが、これらのアンケートでは同じ方法やサンプルを使用しておらず、コンプライアンスの変更を監督するために経営者が費やした時間などの回答者の主観及び偏りのある評価に依存している。 」
「section 404 (b)に基づく監査人の証明コストを見積もるための基礎はなかった。」

...σ(・ω・*)んと…

要は直接費用の増加は確かだけれどもきっちり見積もれないと。


 次に内部統制報告制度に関する間接費用。例えば、経営サイドのリソースが内部統制に取られること及び経営者への萎縮効果である。

「経営者および取締役会の責任の増加への不安により経営者および取締役会が投資およびリスクを取らなくなった場合、 または内部統制に重点を置くことにより、中核となるビジネス上の問題に専念できなくなった場合、特に小規模企業では直接コストが重要になる可能性がある。」

...(・´ω`・)困ッタナァ...

これについてはあまり研究がないらしい...


3. おわりに

 コスト・ベネフィット分析がうまくいっていないからといって、実務が全ておかしいと言うつもりはないし、これには研究者がデータアクセスが制限されたり、変数のコントロールに限界があったりと言う問題もあると思う。ただ、データ分析されているからといって、なんでも鵜呑みにする姿勢は改めないといけませんな。


*1 Cohen, D. A., Dey, A., & Lys, T. Z. (2008). Real and accrual-based earnings management in the pre-and post-Sarbanes-Oxley periods. The accounting review, 83(3), 757-787.

 Cohen, Dey, and Lys (2008)は、発生主義に基づくアーニングス・マネジメントが、1987年から2002年にSOX法が成立するまで徐々に増加し、SOX法施行後に大幅に下落したことを実証している。逆に、リアル・アーニング・スマネジメント活動の水準はSOX法の前に低下し、SOX法施行後に大幅に増加し、SOX法施行後に発生主義を利用した手法からリアル・アーニングス・マネジメントの手法に切り替わったことを示唆している。同論文は、発生主義に基づくアーニングス・マネジメント活動は、SOX法の直前の期間において特に高かったとも実証している。これらの結果と一致して、重要な収益基準を達成したばかりの企業は、SOX法導入前の同様の企業と比較した場合、SOX法後の発生主義を利用したものよりリアル・アーニングス・マネジメントを利用していた。さらに、同論文の分析は、SOX法施行前の期間における発生主義ベースのアーニングス・マネジメントの増加が株式報酬の増加と同時に発生したという証拠を提供している。同論文の結果は、ストックオプションの構成要素が、発生主義に基づくアーニングス・マネジメントに関して異なるインセンティブ設定を提供することを示唆している。同論文は、当期中に付与された新たなオプションは、増額型アーニングス・マネジメントと負の相関があるが、未行使オプションは、増額型のアーニングス・マネジメントと正の相関がある。

*2 DeFond, M. L., & Lennox, C. S. (2011). The effect of SOX on small auditor exits and audit quality. Journal of Accounting and Economics, 52(1), 21-40.

 DeFond and Lennox (2011)は、SOX法施行後に100未満のSEC登録企業を持つ600名以上の監査人が市場から退出していることを発見している。 退出していない監査人に比べて退出した監査人は、(1)AICPAのピア・レビューの回避、PCAOB規則の遵守の失敗、および(2)ピア・レビューおよび検査報告の簡素さによって測定された品質が低品質であった。 さらに、退出した監査人の顧客は、ゴーイング・コンサーン意見を受けている可能性が高いように、後任監査人からより高い品質の監査を受けていた。 本稿の結果は、PCAOB検査が低品質監査人に市場を退出するインセンティブを与えることによって監査品質を向上させることを示唆している。

*3 Geiger, M. A., Raghunandan, K., & Rama, D. V. (2005). Recent changes in the association between bankruptcies and prior audit opinions. Auditing: A Journal of Practice & Theory, 24(1), 21-35.

 サーベンス・オクスレイ法以後導入された監査専門職に対する規制のパラダイムシフトと相まって、一連の有名企業の失敗の後の厳格な立法とメディアの厳しい追求は、2001年の12月以降の期間において監査人の決定は保守的になっていた。 2000年から2003年の間に倒産した226件の財務的に問題があった企業の分析に基づいて、Geiger et al. (2005)は2001年12月以降の期間に監査人が修正された監査意見を発行する可能性が高いことを見つけている。2001年12月以降は米国の景気後退からの回復と同時期であったため、1991年と1992年に倒産した93社の監査意見も検討した。同論文は、監査人は2002〜03年では前回の景気後退の回復期に比べて減少していることを発見している。Francis and Krishnan(2002)の手法に従って、同論文は、2001年12月以降の破産企業のゴーイング・コンサーンの修正率の増加は、監査人による報告の意思決定の変更によるものであり、検証期間の間のクライアントの特徴の変化によるものではないことを明らかにしている。

*4 Dyck, A., Morse, A., & Zingales, L. (2010). Who blows the whistle on corporate fraud?. The Journal of Finance, 65(6), 2213-2253.

 Dyck, Morse, and Zingales (2010)は、企業不正を検出する最も効果的なメカニズムを特定するため、1996年から2004年の間に米国の大企業で報告されたすべての不正事例を調査した。不正検出は、標準的なコーポレートガバナンスの登場人物(投資家、SEC、監査人)に依存しておらず、非伝統的なプレイヤー(従業員、メディア、 産業における規制期間)らの集団に依存している。 情報へのアクセスの違いも金銭的及び評判のインセンティブも、この事例を説明するのに役立つ。 In-depthな分析は、大規模なケースでは評判のインセンティブがジャーナリストを除いて一般的に弱いことを示唆している。 対照的に、金銭的インセンティブは従業員の内部通報を説明するのに役立つ。

*5 Iliev, P. (2010). The effect of SOX Section 404: Costs, earnings quality, and stock prices. The journal of finance, 65(3), 1163-1196.

 Iliev (2010)では、サーベンス・オクスリー法(SOX)にのみ起因する効果を分離するための準実験を利用している。7,500万ドル未満の米国の公開企業は、404条の準拠を延期でき、7億ドル未満の外国企業は、 監査証明の要求を延期できる。 設計どおり、第404条は保守的な報告利益につながりましたが、現実のコストも課している。 ネット上では、SOX法の準拠は、中小企業の市場価値を低下させていた。

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