監査人の法的責任制度

1. はじめに

 監査人の法的責任制度は、伝統的にも現在でも監査論の中心的なトピックな一つです。このトピックは、監査人にとっては言わずもがな、規制機関にとっても投資家にとっても重要です。ただし、わかりにくいのが難点なのです...

 そこで今回の記事では、モデル研究に関する簡潔でわかりやすいレビューを紹介します。紹介するのは、Defond and Zhang (2014)です。この論文は、(財務諸表)監査に関するアーカイバルデータを用いた実証研究についての包括的なレビューを提供しているJAEの(有名な)論文です。この論文の補論に、今回紹介するモデル研究のまとめがある(実はこの補論は出版前は本文に掲載されていた)ので、今回はその箇所を抄訳しました。

2. 抄訳

(監査品質の供給の側面である)訴訟から生ずる監査人のインセンティブに関する理論的文献

(Theoretical literature on auditor litigation incentives to supply audit quality)

 "最近の理論的な研究は主に、訴訟環境の2つの特徴、すなわち責任制度と損害賠償額制度を研究している。典型的に検討される責任制度は、「正当な注意(due care)」と「厳格責任(legal liability)」である。(米国における現在の法制度である)正当な注意制度のもとでは、監査人は過失が判明した場合にのみ責任を負う。厳格責任制度の下では、監査人は、損害が証明されている限り、過失にかかわらず責任を負う。

 損害賠償制度は、通常、「連帯責任(joint-and-several liability)」制度及び「比例責任(proportionate liability)」制度である。連帯責任制度では、監査人が部分的にしか落ち度(fault)がない場合であっても、他の被告(例 経営者)が負担を支払うことができない場合には、監査人に損害賠償額の全額の責任を負わせる。 対照的に比例責任制度では、監査人が落ち度に比例して損害賠償責任を負うことになる。 米国では、1995年証券民事訴訟改革法(PSLRA)が、連帯責任制度を、比例責任制度とのハイブリッド版に置き換えた。これは、米国の監査人に対する訴訟リスクを大幅に軽減した(Hillegeist, 1999 )。

 この文献で最も頻繁に取り組んでいる課題は、法的責任の増加が監査品質の向上につながるかどうかである。直観と一致して、ほとんどの理論は、訴訟リスクが高いほど監査の質が向上すると結論づけている。責任制度を比較した研究では一般的に、厳格責任制度が正当な注意制度よりも高い監査品質を導くことが分かっている(Schwartz, 1997 [*1]; Radhakrishnan, 1999[*2]; Zhang andThoman, 1999[*3]; Liu and Wang, 2006[*4]; Yu, 2011[*5])。(法制度にかかわらず)監査失敗に対するより大きな罰則(penalties)が監査報酬(Newman, Patterson and Smith, 2005)と監査努力の過剰投資をもたらす(Pae and Yoo, 2001)という証拠がある。 さらに、責任の増加は監査の失敗を減少させ(Deng et al., 2012)、監査人がサボる行動を減少させる証拠もある(Zhang, 2007)。

 しかし、いくつかの調査では、訴訟リスクが高いほど実際には監査の質は低下すると結論づけている。例えば、連帯責任制度の下では、訴訟費用が監査努力(Narayanan, 1994)に敏感でない場合、訴訟リスクが高くなると監査の質が低下する可能性がある。また、連帯責任制度の下では、訴訟リスクが高くなると経営者の戦略的報告によって監査の失敗を増加させる可能性がある(Hillegeist, 1999)。さらに、監査人が責任を負う当事者の範囲を広げることによる訴訟リスクの増加は、監査品質を低下させる(Chan and Wong, 2002)。最後に、法的責任の増加は、監査人により保守的に報告させ、財務報告の質を潜在的に低下させる(Thoman, 1996; Deng et al., 2012)。 
 この文献のもう一つ課題は、どの法的責任制度が社会的に最適であるかである。たり前だが、このより広範な課題に対する答えは不確定である。責任制度に関しては、付随する損害賠償額が適切に設定されている限り、厳格責任は社会的に最適であるという見解がある(Schwartz, 1997[*1], Zhang and Thoman, 1999[*3]; Liu and Wang, 2006[*4])。別の見解は、厳格責任制度がより大きな損害賠償額をもたらし、したがって社会的便益の損失である裁判費用がより高くなるため、正当な注意制度は社会的に最適であるというものである(Radhakrishnan, 1999[*2])。Chan and Pae(1998)は、連帯責任制度のもとでの訴訟コストの増加が監査努力の増加による利益よりも大きいため、比例責任制度は社会的に最適な損害賠償制度であると主張している。他の研究では、非単一の法的制度や法的なリスクの量は社会的に最適であると主張している。なぜならば、それらは、監査技術への投資の過少や過多、監査人からの富の移転(Schwartz, 1997[*1])や監査品質と監査失敗の相反する変化(Hillegeist, 1999)などの負の外部性をもたらすからである。(Schwartz, 1997 [*1]; Zhang and Thoman, 1999[*3]; Liu and Wang, 2006[*4])。別の見解は、厳格責任制度がより大きな損害賠償額をもたらし、したがって社会的便益の損失である裁判費用がより高くなるため、正当な注意制度は社会的に最適であるというものである(Radhakrishnan, 1999[*2])。Chan and Pae(1998)は、連帯責任制度のもとでの訴訟コストの増加が監査努力の増加による利益よりも大きいため、比例責任制度は社会的に最適な損害賠償制度であると主張している。他の研究では、非単一の法的制度や法的なリスクの量は社会的に最適であると主張している。なぜならば、それらは、監査技術への投資の過少や過多、監査人からの富の移転(Schwartz, 1997[*1])や監査品質と監査失敗の相反する変化(Hillegeist, 1999)などの負の外部性をもたらすからである。"

(Defond and Zhang (2012) Appendix より)


3. 最後に

 このレビューは必ずしも必要十分ではありませんが、多くの論文をカバーしています。この記事から多くの人が監査論のモデル研究に興味を示して、実務へ活かしていただければ幸いです。


ここからは、自分が特に興味があった論文要約の抄訳も載せておきます。


*1: Schwartz (1997)では、監査の品質及び投資に対する監査人の法的責任の影響を分析するモデルを紹介している。彼女のモデルは先行研究と比較して、投資に対する損害賠償額の影響を問題としている。支払責任(liability paiments)の脅威によって、監査人が一生懸命働く(work hard)インセンティブが生じる。しかし、潜在的な支払い責任は、事業の状態が悪い場合、投資家に「保険」を提供することにもなり得る。実際、損害が実際の投資に基づいて測定される場合、投資家は過剰投資によって支払責任を増やすことが可能である。したがって、監査人から投資家への潜在的な富の移転は、質の高い監査であっても、社会的に最適なレベルに比べてリスク資産の過剰投資につながる可能性がある。社会的に最適な投資レベルは、実際の投資と支払い責任の関係を取り除くことによって、導き出すことができる。彼女のモデルでは、監査人に社会的に最適な努力水準で働かせ、社会的に最適なレベルの投資を導くような法制度は、実際の投資とは無関係の損害賠償額を負う厳格責任制度である。

*2: Radhakrishnan (1999)では、投資家の損失を監査人に負わせるための二つの異なる責任制度(正当な注意と厳格責任)の下での投資家の厚生について検討している。どちらの制度においても、投資家は法的責任の期待費用を監査人に支払っており、裁判所によって要求される事後的な損害賠償の一部は、弁護士が成功報酬として得ている(これを回復摩擦(recovery friction)と呼ぶ)。彼の研究では、回復摩擦の存在が監査人とマネージャーの次善の努力を導くことが分かった。投資家の期待訴訟費用が低いので、正当な注意制度における投資家の厚生は、厳格責任制度よりも高い。正当な注意制度の監査努力が厳格責任制度の監査努力よりも低い場合でさえ、投資家の厚生は厳格責任制度よりも正当な注意制度の方が高い。

*3: Zhang and Thoman (1999)は、監査人および投資家が裁判に進む前に解決する可能性がある際の、責任制度および(監査努力に対する)損害賠償の影響と監査の価値(: 監査の社会に対する純便益)について検討している。損害賠償額の大きさに伴い監査努力が増加するが、監査基準の厳格さ(rigor of the auditing standards)によって低下する可能性があることは、明らかになっている。損害賠償額の水準を所与として裁判前の和解(pre-trial settlements)を認めれば、社会的便益の損失である訴訟費用が減されるにもかかわらず、監査の価値が低下する可能性がある。他方、損害賠償額が最適に選ばれるのならば、和解を認めることで社会的厚生が向上する。適切に設定された損害賠償により、厳格な責任制度が最善の結果をもたらす一方、最善の結果は曖昧な過失の制度では得られない。

*4: Liu and Wang (2006)は、企業の投資判断、監査人の努力(行動)、監査報酬、及び二つの監査人責任制度(厳格責任と過失責任)の下での企業の価格をモデル化している。彼らは、厳格責任の下で監査人の努力水準が社会的に最適であるが、一般的に過失責任のもとでは成立しないことを示している。 さらに、企業の所有者の期待利益および監査手数料は、過失責任よりも厳格責任のもとで高くなる。 彼らは、過失責任のもとでの法的過誤を、評価された監査努力(すなわち、裁判所による監査努力の見積もり)と実際の監査努力との差として定義すると、法的過誤の分散が大きければ大きいほど、過失責任制度と比較して厳格責任制度の下では監査人が努力を払わなければならないインセンティブは高くなることを論証した。最後に、より多くの企業所有者が上場するために監査人を雇用するようになるので、厳格責任制度の下では引き受けられる投資の数がより高くなる可能性がある。

*5: Yu (2011)では、法規制と損害賠償の配分ルールを組み合わせた適切な法制度が、監査人の独立性を効率的に高めるかどうかを検討している。経済的および心理的仮説がテストされている。この仮説は、監査人が技術的要因による監査の失敗(監査努力の欠如により真の結果を検出できないことに起因する失敗)または独立性による監査の失敗(監査人の誤った結果に関する意図的な虚偽報告に起因するもの)のいずれかにコミットする可能性がある1期間のゲームモデルから導き出されている。三つの主要な発見が実証されている。第一に、監査人の独立性は企業投資に影響を及ぼし、次に監査努力にも影響する。この戦略的な依存関係のもとでは、単一の法制度は、監査の努力を促さず、監査人の独立性を向上せず、企業の投資を同時に促進しない。監査人の独立性を高め、投資を動機付けるためには、厳格責任制度と比例責任制度の両方からなる法制度が望ましい。第二に、厳格責任制度は、過失責任制度よりも監査人の独立性を高め、一方、比例責任制度は、連帯責任制度より監査努力を高める。 最後に、監査人の道徳的な証明と誤った報告に対する罰則は、両者共に独立性と正に相関している。 さらに、監査人の独立に関する道徳的証明の効果は、罰則のレベルが増すにつれて減少する。 この2つの結果は、監査人の法制度が考慮される場合にのみ成立する。

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